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1981年に、当時 Amblap が好んで踊っていたダンスのダンススクール・ファンキージャムを東京で始めました。

その頃はディスコ時代と言われゴーゴーの時代の再来でした。

しかし、それは一般人の話で、昔から Amblap のダンスを好んで踊っていた人には特別ではないのです。

一般人はダンスと言うレベルではなく、本当を知ってもらいたいとダンススクールを開校したのです。

ダンスとは?

その当時、今回紹介するダンスなどをレッスンしていました。

それとブレイクダンスと関連のあるポップロックも教えていました。

1983年に Rock Steady Crew が来日してからブレイクダンスが注目されるようになりました。

スクールでは生徒が増えずに存続の危機でしたが、ブレイクダンスの流行で延命できました。

キッズダンスのブレイクダンスは身長が低く手足の短い日本人向きのダンスでもあるのです。

その理由なのか?ブレイクダンスの生みの親は Amblap ですが、ブレイキングが主流になると離れていきました。

キッズダンスだから面白い!

1985年頃から男女の社交ダンスだったのですが、個人や男同士などでダンス楽しむ人が増えてきました。

それは運動量の多いダンスを生むことなりました。

そしてニュージャック・スイングの流行で、曲調が合うことからニュージャックのダンスと呼ばれるようになったのです。

しかし、ダンス上手のMC ハマーのやり過ぎが間違いでした。

ヒップホップの曲と早い曲で激しく複雑に踊ったのが、若者にはダンスと理解できずに運動のように見えてしまったのです。

それに行き場のなくなったブレイキングのダンサーが転向してきました。

Amblap のダンスだったニュージャックもダンス感覚のないスポーツダンスにされてしまったのです。

ニュージャックの曲調で踊る面白さを、ビートだけの運動にしてしまったのでダンスの面白みがなくなってしまったのです。

さらにネタが無くなるとソウルダンスの名称でディスコダンスをするような状態になりました。

1981年のダンススクール開校時に Amblap のダンスをソウルダンスとした名付け親としては我慢できずに、サイトを始めたのです。

ニュージャックスイングの曲が一番合うダンス!

ポップスやユーロ、曲調の無い念仏のようなビートだけのラップでは楽しくないしダンスにならないのです。

日本の芸能界の曲はソウルフルでは無く、そんな時代で育った若者だからダンスと運動の区別がつかないのです。

曲と踊る人の感性でダンスは体操やシェイプアップ運動になってしまいます。

ダンスは曲が命

ダンスには曲が大切です。

なぜリズム&ブルースで多くのダンスが誕生したのか?

Funkyjam と Amblap の他のサイトでお願いします。